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菱刺しの歴史

津軽こぎん刺し、南部菱刺し、庄内刺し子の3つが日本三大刺し子で、青森県にはそのうちの2つの刺し子があります。南部菱刺しの起源は約200年前と言われていますが詳しくは分かっていません。

寒い青森では綿の栽培が出来ませんでした。そのため麻を栽培して織り、布目を麻・木綿の糸・毛糸などで塞いで衣類をまかなっていました。刺す工程は保温や補強が主な目的でした。

こぎん刺し・菱刺しとも布目を塞いでいく手法ですが、布の経糸(たていと)を数えながら隙間を埋めていく作業はとても時間がかかります。こぎん刺しは経糸を1・3・5・7と奇数律で刺していくので模様が縦菱になり、南部菱刺しは2・4・6・8と偶数律で刺していくので横菱になります。

南部菱刺しは初期は浅葱色の麻布に麻、続いて白や黒の木綿の糸で刺されていました。明治24年に東北本線が開通し色糸も手に入りやすくなり綿糸や毛糸・混紡糸などで刺されていきました。色糸で鮮やかに刺されたのが三幅前垂れ(エプロン)で、南部菱刺しの代表格のひとつです。

その後、物資の流通がよくなり丈夫な綿の布なども手に入りやすくなりました。そして麻の布に時間をかけて刺す必要もなくなり昭和期には南部菱刺しは衰退していきました。現在は青森県の伝統工芸品にも指定され、美しい模様から手工芸品として親しまれています。